高校のとき池袋の西武百貨店でみつけて、かなりうけて速攻で買った本。
僕は小学校から高校までずっと、九段にある私立学校に通っていた。
なので結局学校は私立のものしか知らない。
自宅は帰って家族と過ごして寝るためのもので、自宅近所や地元に友達がいたことはなく、地域社会といったものにはいままで一切縁もなく興味も無い。
高校生になって、女の子にも興味がでてきて、知り合ったりつきあいだしたりしはじめたが、それもすべて私立の女の子たちだった。
千代田区には男子校女子校あわせて私立の学校が多いということもあるのだが、自分たちのコミュニティというか生活範囲というか呼吸する空気のなかには、私立の学校とその学生たちしかいなかった。
もちろん公立の学校もあるのだが(通っていた学校の目の前に!)、そこに学校があるとか、通っている人たちが同じ高校生だとか、そもそもそこに人が通っているとかいうことを意識したことはなかった。というか、同じ道路をあるいていても、いることに気づかなかった。
いま考えるとひどい話だ。しかし、この空気を吸って育った人というのはいまだになんとなくわかるし、そういう人が書いた本や音楽というのもなんとなく同類的にピンとくる。ゲイの人たちは、本能的に同類を感知するというが、似たようなものがあるのかもしれない。
学校の近くには白百合や和洋、嘉悦、三輪田、大妻といった女子高があって、ちょい近くまで入れると山脇、四谷雙葉あたりもなつかしいところだ。
とくにうちの学校から白百合のほうにあるくと、「まぐろ会館」を越えたあたりから、戦前から同じくマリア会系列のミッションスクールを貫いている白百合、そのとなりには黒い拡声器付きのバスが時にたむろす靖国神社、そのとなりにはカルくてライト感覚の嘉悦、そしてその隣に、外からも中からも監視カメラだらけの朝鮮総連総本部と、いろんな意味でディープな施設が密集した地帯だった。
とくに嘉悦はぼくが高校一年のころに、前身の東京商業女子高校とかいっていたころからの野暮なジャンパースカートからブレザー系の制服にがらっとイメージチェンジして、ロゴもフォントもデザイナーに依頼してCIをはかり(たしかその年のデザイン年鑑にも収録されていた)、デザインとかタイポグラフィとか好きだった僕には、そういう意味でもたいへん興味深かった。
当時は「おニャン子クラブ」全盛期で、嘉悦2年の岩井由起子がいきなりオーディションに出て加入まで進んで騒ぎになっていたのもたいへんなつかしい。この人はもともとは、ホビージャパンやモデルグラフィックスといった雑誌に、小柄のかわいい女の子がドイツ国防軍の軍服のコスプレをしてシュマイザー短機関銃を構えるグラビア写真がその筋の人に受けが良い!というお仕事をしていたんですけどね。
というわけで、嘉悦学園はCIに大成功して、それまでの学園祭だと校門前に竹ヤリ背負ったシャコタンの430セドグロが路駐して、ソリコミ入った兄ちゃんがウンコ座りして女を待つ、という構図がそう遠くなかったところ、CI後は、BMW 320i (ただし南アフリカ生産版、右ハンドルなのにZF ATのセレクターボタンが左側のままで小指がイタイ仕様) や Audi 80 1.8、日産ブルーバード SSS ハードトップ 1.8 4WDアテーサ(赤) といったあたりがコムサ男と一緒に待ち受けるぐらいまで大幅にクラスアップした1980年代中期だった。
そんなこんなで、女子高のみんなや、そのいろんな制服は学生生活のふつうの風景だったし、嘉悦がいくら緑系のかわいいブレザーに切り替えて大成功したといったって、そもそもあれって頌栄女子の水色&グレー系のブレザーのパクリでやっぱあっちが元祖でシックじゃん、みたいな業界分析みたいな判ったようなことを教室で放言するのも、高校生風情のほほえましい営みだったようだ。
しかしまあこんな話が通じるのも私立の男子校の狭いコミュニティの中だけだ、と思っていたところに、この本はあらわれた。
一見つまらなそうに、あっさりといろんな女子高の制服をイラスト込みで説明しているが、細かいディティールや経緯など、これもあっさりと書かれているけれど、これは適当に書き散らしたものではない、ちゃんと見て、知っている筋による一冊だということが読めばわかる。
まず、こんなマイナー文化なシロモノが出版されて出回っているということに、カルトなおもしろさを非常に感じてまいった。
実際、日々電車で通っていると、どの制服の人がどの学校でどの駅で降りるかが判っていれば、その子が席から立って電車を降りるタイミングを待ち受けて、次にその席にぱっと座ることができたりして便利だったりもする。
とにかく、東京の私立男子高の学生だった僕には、一種の「都内私立高コミュニティ」の内輪受けネタとして、おもしろく読めた。
しばらくして、大学に入り、さらに交友関係がひろがった。
実際、ここではじめて、まともに世の中に目がひらきはじめたのだと思う。なにしろ、東京以外からきた(!)、私立出身でない(!)人たちとどんどん友達になっていったのだ。
そんなこんなで、いろんな人といろんな話をしていて、ふとこの「東京女子高制服図鑑」の話題が出た。
やっぱ知ってる奴はこんな本があることも知ってるんだなあと、ふといろいろ話が深みにはいり、四谷雙葉の上履きの靴ひもは、何年生が赤で、何年生が緑に決められてるんだっけというようなディープな話になった。
(上履きの靴ひもが学年によって違うらしいのは、よつぶたの友達から話は聞いていたけど、さすがに色までいちいち把握しちゃいないよ僕は)
靴ひもの色について語るそいつに、すごいなあ、見かけによらずこいつは遊び人なんだなあ。いや、というか、ちょっとこれって…
とりあえず、こいつ、高校はどこの「私立」の「男子校」だったんだろう?
「いや、僕は瀬戸内海で育って、大学に合格してはじめて東京に出てきたんだ」
トウキョウの女子高の制服やいろんな知識は、みんな雑誌や本でおぼえたんだよ。
僕ははじめて、というかそれ以来、「女子高」「制服」といったあたりのもろもろを「ヤバい」と思うようになった。