Cars 2

自慢じゃないが、Los AngelesのSIGGRAPH会場で 'Toy Story' のSneak Previewにスタンディング・オベーションしてから16年。Pixarの映画は、全作ちょっと気合いをいれて観ている。

Cars 2も封切り翌日に娘と行ってきた。

ベッドタウンのシネコンだと吹き替え上映ばっかりなので、Roppongi Hillsへ。

 

ちょっとこれは, Pixar作品にしてはいまいちだったなー。

Pixar作品の良いところは、Computer Graphics云々はあくまでも表現手法・手段ですよー という割り切りがしっかりしており、お話や登場人物が活き活きしているところだと思うんだけど、この脚本がちょっと残念だった。

急展開てんこもりのローラーコースター・ムービーすぎて、ひたすら焼き肉食い放題と2時間向き合ったような感じ。どこが山で、どこが谷とかもない。トランスフォーマーとかよりは100倍ましなのだが。 

 

今回の登場人物(?)は、第一作のみなさんにくわえ、謎の英国スパイ風の人物たちが冒頭からあらわれ、謎が謎を呼ぶ… という、いくらでも面白くなりそうな題材だし、この007的な人(車)も、本来は魅力たっぷりなのだ。

この「ちょっとオールドスタイルなスパイ風登場人物たち」は、Pixarにとっては「ミスター・インクレディブル」で通過した、お得意のはずのもの。「ミスター・インクレディブル」は興行面では当初の予測を下回ってしまったが、ちょっとうさんくさいけどロスト・フューチャーでドキドキするスパイ感、それぞれのキャラクターの強みと弱み、そしてそれらが話の伏線となり味付けにもなり、補完しあって大団円を迎える展開のうまさ。ベタではあるが、スクリーンめがけてお賽銭を投げたくなるような、まさにハリウッド品質であり、Pixarの手仕事だったのだ。

ところが、「カーズ2」の彼らには強弱も得手不得手もない。つねに秘密兵器を大解放である。もしドラえもんがのび太の求めのとおり常時なんでも四次元ポケットからぽんぽん物を出していたらどうだろう? 宇宙戦艦ヤマトの真田さんがコマーシャルごとに「こんなこともあろうかと」と事態をリカバーしていたらいかがかな?

こういうものは、適度な抑制あってこその面白さ。本作はそこのセンスに失敗しているように感じられた。頭から終わりまでギターがギターソロ、ドラムもドラムソロ、そんなバンドがあったら、聴いているほうはしんどいのではないか? トランスフォーマーよりは200倍ましなのだが。

 

さらに残念だったのが、本来Pixarのお手の物のはずの「うまい伏線とその回収」が、本作ではさっぱりなこと。

たとえば本作のエンディングでは、主たる筋のどんでん返しが発生し、その推理や理由が急展開で説明されるのだが、それはほんとに、台詞がべらべらしゃべられて、一同へーびっくり! というレベルの代物なのだ。

事前のどこかで「あれ? あなたには、このネジが、合わないですね?」「ん? あっああ、いや何でもないんだ、さがってよろしい」と入れておくだけでも済むことだし、だいたい前振りも何もなく「ウィットワースねじ」なんていうマニアックな専門用語を出して、それで話全体をひっくりがえそうとしても、無理すぎるよラセター先生。

これは、Pixarの期待の新作での体験というより、少年漫画誌の連載打ち切りの無理なつじつま合わせを目の当たりにする面白さに近いもの。Pixarは次回作としてソードマスター・ヤマトを手がけてもいいのでは、と思わせるものであった。トランスフォーマーよりは300倍ましなのだが。

 

いつもおなじみの小作品併映も、Toy Storyの別ストーリーで、別にいいんだけど、ふつうに台詞がいっぱい入った、ふつうの小作品であった。いつものあれは、「セリフなし」という制約のもと、如何に凝ったドラマをつくって、盛り上げて感心させて魅せるかに毎回うならされていたので、残念とは言わないが、残念だった。