未来からのホットライン / ジェイムズ・P・ホーガン

創元推理文庫の巻末に所収の『「空想科学」とJ・P・ホーガン』(小隅 黎、柴野 拓美)からまず引用させていただこう。

荒涼たる冬のスコットランドの自然にかこまれた谷あいの寒村グレンモーロック。その村はずれの、小さな湖水をひかえた森の中にひっそりとたたずむ古城「ストーバノン館」の地下の研究室で、白髪白髯の老科学者が、助手の技師ひとりを相手に、タイム・マシンを完成させる……。
まこと、オールド・ファンにとってはこたえられないというか、いい意味でも悪い意味でも背すじがぞくぞくしてきそうな設定である。だが、これはまさしく一九八〇年にかかれ、一九八〇年代のファンが読む、最新のハードSFなのだ。当然、それに見合う凝った趣向と綿密な書き込みに不足はない。

まずジャンルからいえば、これはまさにハードSFだ。

登場する「タイム・マシン」にしても、カプセルに乗り込むだけで説明もなく恐竜の世界へ飛んでいくような荒唐無稽な類ではなく、文字情報だけ (最初はアスキー6バイト)を時間を遡って搬送できるというもので、基礎技術や原理となる理論もとうとうと説明されており、こういう作品こそがscience fictionといえよう。

そもそも、そのタイム・マシンのテストベンチというか実装ベースが、イギリスの古城の地下で大量の配線とともに唸りをあげるDEC PDP-22/30だというのが、なんとも嬉しいではないか。ジェイムズ・P・ホーガンはDECのセールスエンジニアだったことがあるので、他の作品にも「宇宙船の火星着陸を遠隔制御する2030年製DEC PDP-90」みたいな描写がちらほらとあって、さすがにここ十数年はPDPシリーズの出番はなくなったようだが、個人的にツボを押されるポイントだ。

情報時間逆行搬送の基礎原理を研究し実装した老科学者チャーリィ・ロス卿、その孫でありエンジニアリングコンサルタントであるマードック・ロス、その相棒のエンジニアのリー・ウォーカーが主たる登場人物で、その他のキャラクターもそれぞれ魅力や立ち位置をいい感じで備えており、有機的に人々やストーリーと交わっていく。世界をまたにかけた活躍が繰り広げられる一方、物語のベースはしっかりとスコットランドの古城にもあり、華やかさと、まったりさが、話の展開に兼ね備えられている。

ホーガンの作品すべての基調にあるのが「科学の健康な発展の先にある明るい未来」だが、本作ではそのテーマがまさに遺憾なく発揮されていて、自由な魂をもつ科学者たちが、トラブルに果敢に技術的努力と負けない心で取り組んで解決してゆく。

このころから魅力的な女性キャラクターも登場するようになってきていて、ウィットひとさじ加わったエンディングも申し分ない。

ということで、本作は、さすがにホーガンの最高傑作「星を継ぐもの」は永遠のベストでありナンバーワンであるからそれをさしおいた点数をつけることはできないものの、ストーリー、ウィット、センス・オブ・ワンダー、読後感といった点で、相当胸を張ってお勧めすることができる。たとえばあなたがもし、いろいろとつらい状況にある技術者だったら、いいからこれを読みなさい。