インサイド・ヘッド2

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面白かったしよく出来ていた。
ただ、ここまで舞台設定が自由だと逆に作りづらいだろうなとも思った。

主人公がよく遊んでいたゲームキャラが脳内? にもでてきて、わざとジャギだらけで面白かった。こういうシェーダーも必要ならPixarは書きますよと。

字幕上映が都内でも六本木ヒルズと新宿の2箇所しかなく、仕方なく吹替で鑑賞。これはこれでいいのかな。
前作インサイド・ヘッドでヨロコビの声を当てていたのは竹内結子と知って、そうか… と思った。

エンドロールの終わりのほうにRenderManの開発スタッフもいっぱいでてきて、さすがPixarのノレンはいまだ健在と感じた。

現金に体を張れ

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スタンリー・キューブリック監督作品。現金は「げんなま」。
メルカリ経由でレンタル落ちDVDを購入して鑑賞。

犯罪映画の原型のひとつかも。1957年の作品をいま観ても申し分なく楽しめるのはすごい。競走馬の疾走シーンの撮影と迫力もすごい。複数の登場人物の時間軸では並列した行動を、印象的なカットを軸にして何度も巻き戻し直列に収める進行も実に自然で素晴らしい。これを67年前に観たら相当すごかったかも。

4k修復とかで観てみたいし、もっと広く知られてていい作品だと思うけど、たぶんキーの一つになってるシーンのNワードの処理をどうするかが課題になりそうだから、このままでいいのかもしれない。

MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない

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タイムループものコメディ。

仮にサマータイムマシンブルースと比べると、年代が数年後、場所が東京、舞台が会社。
あぁ映画見て楽しかったー。という体験をまさにできます。
主演の役者さん(丸井わん)はじめ、役者さんもみんないい。
おすすめ。


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パーフェクトブルー

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アイドルから女優に脱皮したい主人公、マネージャ、ダクション代表、脚本家、カメラマン、ストーカーという縦糸。
現実と夢と演劇という横糸。
これらが絡みあい、何が本当なのか虚構なのか分からなくなっていく。
劇中劇、劇中劇中劇、劇中劇中劇中劇…
まさにP.K.ディックとか筒井康隆な風景で、まさに千年女優やパプリカに繋がる系譜。
27年前の作品であるが、結構どきどきしながら鑑賞した。

スタッフロールは懐かしい人や部署がいくつか。
そういえば当時D-SHOPで架空のアイドルのホームページを作るとか言ってたような気がしたな…

もらとりあむタマ子

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思っていたよりもモラトリアム満点な流れだったけど、なんともじわじわ味わいがある。
前田敦子の自然体なのかむき出しなのか、ダラダラボソボソした挙動、なんともいえないボンクラ感が生々しくてすごい。


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ラストシーンの、中学生とアイス喰いながらぼそぼそ話すあたりが真骨頂。

ブラックベリー

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2007年ごろUS西海岸に技術系カンファレンスで出張に行ったとき、セミナーやプレスリリースの会場とかで、参加者の7割ぐらいは両手でこいつをプチプチしており、英語圏で仕事でtextする連中はマジで全員BlackBerry使ってるんだな! と体感した。
そう、あの「黒くて小さいツヤツヤのキーを両手でプチプチ」感も、まさにとってもブラックベリーだったのだ。くだもののね。

その後iPhoneがヒットし, RIMも, NewtonやPalmとかと同じく数多の懐かしい思い出に消えていった。
そんなこんなを程よくまとめた映画。
映画なので脚色演出はいっぱい入ってると思うけど、甘酸っぱかった。
黒イチゴだから? いやいや…


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高い城の男

book

買ったままで読んでなかったどころか、中学ぐらいのとき手が出ていなかったSF古典を40年後のいまごろ消化している。

一周(枢軸国側が勝利した世界)二周(のなかで連合国がもし勝ってたらという物語)した世界の淡い白日夢。
結局アマプラで映像化されたもののほうを先につまんでしまったけど、「電気羊…」同様、小説と映像化は全然ちがうものだ。

高い城の男

高い城の男

  • 作者:フィリップ・K・ディック
  • 早川書房
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サーキット・スイッチャー / 安野 貴博

booktech

面白かった。最初は文章や人物像が類型的かな、技術的な詳細もぬるめだな… と思っていたが、徐々にストーリーに引き込まれていった。自動運転とトロッコ問題と責任の所在という、自分もこのへん将来どーすんだろと思っていた面倒くさいところに切り込み、オプティミスティックな未来を見せつつ大団円を迎える。自分もまあまあオープンソース志向の人間ではあるが、この人の価値観はブレないな。

末尾の解説で、近年のSFの方向性のひとつホープパンクという言葉を知り、SFでもこういう潮流が生まれていることを面白く知りました。小松左京の「SFは希望である」という言葉との合致、さらに言えば1つ前に読んだ伊藤計劃の虐殺器官が小松左京賞の最終選考に残らなかったことも併せて味わいました。僕はどっちも好きだけど。

あと、作者の安野氏はあえて将来の自動運転にbetして運転免許を取ってないぐらいの人なので、きっとそうだろうなと想定していたが、首都高環状線という世界でもっとも素敵なところが舞台であるにもかかわらず、「クルマとC1」の要素が皆無だったのは、逆にすごいなと思いました。孤独のグルメに食事シーンがないとか、ボヘミアン・ラプソディに演奏シーンがないとか、そんな感じです。