星と月は天の穴 / 吉行 淳之介
ご自身が随筆などでなんどか「女子大生がおしっこを漏らす小説を書いたらなぜか芸術選奨を受賞してしまって…」とユーモラスに語っている一作。長さ的には中編。時おりなまめかしく、しかしガラスのような、まさに中期以降の吉行クォリティそのもの。とてもいい。
ご自身が随筆などでなんどか「女子大生がおしっこを漏らす小説を書いたらなぜか芸術選奨を受賞してしまって…」とユーモラスに語っている一作。長さ的には中編。時おりなまめかしく、しかしガラスのような、まさに中期以降の吉行クォリティそのもの。とてもいい。
映画「プライベート・ライアン」のもろノベライズ。ほぼ映画の脚本。目を閉じつつ読み進めれば(って実行不可能なことをいっているな)映画のあのシーン、あのシーンが脳裏によみがえる。風呂にはいりつつ一気に読了。家にDVDプレイヤーとかVideo iPodを持ってない人におすすめ。
デペとはかれこれ24年のつきあいだ。でもここ十数年のものはあまりピンとこないものが多く、このアルバムも出てすぐには買ってなかった。90年代以降のデペをみると、ひたすら素晴らしかったViolatorを出したあとは、これもなかなかの傑作Ultraはあるものの (ティム・シメノンのプロデュースにも助けられたところが大きいと思う)、Songs of Faith and DevotionとかExciterといった愚作が並んでいたからだ。特にSongs of Faith and Devotion以降は、ついに楽器としてギターを大きくフィーチャーするという愚挙に出て、これまでの彼らの孤高な意思、独自アーキテクチャは喪われてしまった。
ギターは表現力豊かな楽器だ。バカでもアホでも、ギターをジャンジャカやっていればそれなりに音楽になってしまう。そこをあえて避けて、ヴォーカル以外は全員キーボードという、「Vo, Gt, Bs, Dr.」式のステレオタイプから距離を置いた立ち位置で、いかにロックを、アートを、文学を表現できるかのR&D的勝負と探求を行う集団として常にレスペクトし、単なる「好きなバンド」とかではない、自分の生活のなかで特別な位置にいつも置いていたDepeche Modeだったのだが。
ジャケットをみても、このPlaying the AngelはSongs of Faith and Devotionテイストというか、Exciter臭が感じられ、いまいちすぐ手がでない原因となっていた。先行シングルPreciousのビデオを見ても、これはEnjoy the Silenceの別テイクですか?スランプに陥ったがごとくのマーティンの作曲、やる気のないつならないCG、どうも食指が動かない。
購入して一回聴いた時点では、案の定予想通り、これは駄作だ、愚作だとおもった。本棚へ、さようなら。
だが、これは「スルメ」だった。思い直して2回目に聴いてみて、3回目、4回目、これはじわじわと俄然よくなってきた。プロデューサーは知らない人だが、デイヴ・バスコムのように質感あり詰まった音に仕上げている。Blur とか手がけた人らしい。もちろん曲想は全部暗い。もろにMartin L. Gore節のA Pain That I'm Used To, 3コードぎみな John the Revelator, そしてこれは驚いたことにMartinではなくてDave Gahan一味のほうの曲なのだが、かなりマーティン風味も感じられ、さらに(ちくしょう)ギターのリフが印象的で魅力的なSuffer Well, 40代に突入したMartinが朗々と歌い上げる、典型的なデペ黒コード進行のMacro.
シングルカットのPreciousも、Martinが二人の娘さんをかかえたまま離婚調停中という背景も頭におくと、歌詞のせつなさもなかなか沁みる。楽曲そのものは、手抜きというかEnjoy the Silence焼き直しというか、いかにもシングルカット向きの仕様につくっておいたヨ、というけれん味がいまだに好きではないけれど。
あとはまってしまったのがLilian. 貧乏男が金持ち娘にもてあそばれたヨー、というイジイジした暗い曲で、まるで恨み演歌のよう、これがはまると妙に心地よい。
結局Suffer Well, Macro, Lilianは毎日複数回は必ず聴いており、つまりこれは愛聴盤になった。つまり買ってよかった。マーティンの曲はむかしは作曲技法的にも一曲一曲に新たな発見があり、それがここ十数年は手法がいくつかに固まってしまい、そこにも不満があったのだが、だんだんこれはこれで一種の「のれん」として愛せるようになってきた。ある意味The Smiths化といえよう。とってつけたようなmiddle8の付け方はいまでも改善の余地があると思うけどね。
いままでずっと、デペッシュ・モードに (たとえばほかにもシトロエンにも、)独自アーキテクチャ的なものを求めすぎていたのかもしれない。せっかくiPod 60Gも買ったことだし、Exciter,Songs of Faith and Devotionの再評価もすすめることにしよう。
ギターという楽器への色眼鏡もやめよう。なにしろUltra所収のBarrel of a Gunでは、エレクトリック・ギターのファズとかディストーションの素晴らしさを、いまさらながらに意外なことにDepeche Modeに教えてもらったのだから。
うちも世話になっている大泉の家庭菜園、をやっている農家で収穫祭というおまつり。


フランクフルト、焼きそば、わたあめといったものから、ローストビーフに自家製ポテトソース、さらに黒い地ビールが泡のない黒い修道院タイプのやつ。さらには餅つきもあり、地元のみなさんや息子、娘の幼稚園〜小学校の同級生とそのお母さんたちと一緒にたのしんだ。休日らしい一日をすごした。





予約していたので先週さくさく届いていた。HandBrakeでH.264にして、行き帰りの電車でiPodで観る。
随筆集。吉行淳之介の随筆を読みつけている人なら既出のエピソードもいくつかあるが、主たるものは書籍題名にもなっている「目玉」で、自身の白内障手術のまわりのものごとを、いつもながらの不思議な冷静さと透明なユーモアとかすかな残酷さで語っている。全体をとおして、すずしさと冷たさの中間ぐらいの、そして時折色彩がきらめくような文体が通されている。
吉行淳之介のエッセイは、そうとうくだけたエンタメ指向のものもあり、そしてそれらは口述筆記だったりするのかなぁ、あるいはこの陽気さは、逆に本人は相当体調や発作や鬱で参っている反動なのだろうなあ、とかおもうのだが、この一冊は、随筆でなく吉行文学のほうを好む向きにもいける一品。おすすめ。
短編集。ふときらめくシュールな光とか、吉行淳之介クォリティ。満足。
がらんどう / 貞淑な女 / 美女哄笑 / さまざまな眉 / ある情事 / 犬猫日記 / 山紫水明/ 墓地 / 青い映画の話
戦前のアメリカで数々の記録を打ち立てた女流飛行士が、世界一周飛行の最終程、第二次大戦直前の南海で謎の失踪を遂げた。その裏には何があったか…というノンフィクション。
とはいってもこの人物のことが初見だったので、実は裏があったんですと裏のことばかり散文的に著述されても、いまいちピンとこない。最後の結びも、結局謎は謎として残るばかりだ…と著者の推理と自説をなんとなく主張しておわってしまい、まるで水曜スペシャルの探検隊シリーズで、いきなり切って落とすようにスタッフロールがあがってきて、ロッキーのテーマで無理矢理〆られたような気分だ。
Official Amelia Earhart Web Site
僕はかれこれ38年生きてきて、いままで誰かが亡くなっていちばん悲しかったのは、先代の笑点司会者の三波伸介さんの訃報のときだ。その悲しみは、司会者が円楽に交代して以降、さらにふつふつと深いものになっていった。
いまでも、誰かの死にふれたとき (無論実父とかも含めて)、「これは、三波伸介さんのと比べて、どうだ?」と反射的に自問自答する習慣がついている。