吉祥寺

自転車2台で親子4人で。たいへん天気がよい。外にでないとだめだ。

ユザワヤ前の地下駐輪場は、地下におりていくエレベーター待ちですでに行列ができていて驚く。

ホワイトデーの準備で、菓子屋はみな混んでいる。

ロンロンに王様のアイディアがあったので,さっそくスパイラル型の耳かきを購入。

地下の紅虎で遅い昼食。もろに際グループの店。味も line up もろに同じで、もちろんおれは好きなので満足。ただ、いつもの「ちゃーしゅーゴロゴロレタスチャーハン」は、相模原の 2/3, 八王子の 1/2 (いや 2/5) ぐらいの量で、値段は逆にたかいので悲しい。

じてんしゃ

息子と2台でサイクリング。大泉〜光が丘〜石神井。単に自転車が上手になっただけではなくて、路上のしのぎとかもできるようになった。かなりよくがんばった。

Monsters Inc.

先週見にいこうとして、玄がこわいこわい、いやだいやだと、さんざんあらゆる方向から説得を試みるも「来週はきっと行こうね、約束」というところまでしかこぎつけられなかったため、

しかしはたして今日もまたダメだっただめ、わざと怒っているフリをして説得していたところ、うっかり、まじに怒り回路に火が入って物を投げまくったりしてしまう。

おとうさんだって、こんどの週末はモンスターズ・インクを見るんだ!ただひとつそれだけが生きる希望で毎日すごしているんだよ?

bind

named をついうっかり自分の uid であげてしまって、何の機能もしない屍のまま放置する。というのはみんな1回はやると思うが(きょうのはボクじゃない! わら)

一般人であげても port を握れるわけでもないし、べつに named -p 10053 みたいなことができるわけでもないし、特に stderr に警告を出すでもなく daemon に収まってしまうというあの仕様は決定的にまちがっていると思うのだが、ああなっているのには、なにか理由があるのだろうか?

killall5

killall は psmisc パッケージに入っていて essencial ではないこと、つまり killall が入ってない Debian host なんてざらにあることを、root で killall しようとして、bash に killall5 と補完されてしまって、脊髄でリターンを押してしまって、20km かなたの NOC にあるホストを init 一匹に沈めてしまう。ということから思い知る。

killall5 というコマンドが最近なんかあるなーというのは Solaris 2.3 ? のころから思っていたのだが、それがどういう働きをするのか、衝撃的な出会いをする。

/etc/resolv.conf

最近の若い人の UNIX は、というか resolver は、というか glibc 2.x の resolver は、基本的にはプロセスを再起動しないかぎり、/etc/resolv.conf を書き換えても、効かない*1。ということを 思い知る。

つかこれって、「設定変えたらあらゆるリブート」の方向というか、NT ぎみだ。


*1:res_init(3) すればいいわけだけど

おきる

11:40. ThinkPad 240Z は、開けて LCD コネクタを指圧したら直った。

ついでに、マウスボタンの配線が外れてたまま数ヵ月放置だったのを直す

歯医者

歯3本ぐらいにまたがった長いドリル溝にぴったり。今回虫歯ぎみなところを徹底的に直しちゃえ、つーことでパオレの福嶋歯科医院に通っていますが、ぐうっす。

ThinkPad 240Z

床に落してしまった。下はカーペットだけど。開けても画面が出ない。

ssh

ネットワークから入ることはできた。はぁ。LCD が死んでいるようだ。