河口湖自動車博物館

きょうから夏休み。なんだかんだで午後まで家で仕事をして、2時を過ぎてから家を出る。

とりあえずまず河口湖自動車博物館へ。閉館が5時ということでちょっとあせっていたのだが、4時ちょい前にはついた。

メインの自動車が収められている館のうえには、いきなり F-104DJ が顔をだしていて印象深い。

駐車場のわきには C-47, これは入間のエントランスにあったやつじゃなかろうか?右をみると胴体だけの 86 のトルソ。

で、とりあえず右側にある飛行機館? に入る。まぁちょっと小汚い。自動車館と別料金で、結局それぞれ 1,000円とられた。

「ゼロ戦」とか、誉とか、一式陸攻の後半とか置いてあるわけですよ。

というか、建物の入り口やそこらじゅうに「ゼロ戦」「ゼロ戦」書いてある。

まぁどうでもいいんだけど、「ゼロ戦」ってのは米軍が付けた呼び名であって、日本側の名称としては、あくまでも零式艦上戦闘機、「れいせん」である。
まぁいいんですけどね。でもそれなりに英霊がどうしたとか、大日本帝国旗とか掲げるポリシなのだったら(オレはこういうのは興味ないというかどうでもいいというか、単にヒコーキとか乗り物に興味があるだけなので、視神経から大脳に行く途中で抹消)、あくまでも客寄せとして入り口に「ゼロ戦」と書くのはいいとして、散華の精神礼賛みたいなところにまで「ゼロ戦」はどういうものか。

これって「インターネットの歴史を正しく伝えるためのHPです」みたいなもんだよね。

零戦の超ジュラルミンの破片が 500 円から。

ほかにも B-17 や B-29 のライトサイクロン星形とか。これがターボチャージャーというものですよ奥さん。

おなじみ、F-104のあれとかF-86のあれとか。

外に出ると、ブルーのハチロクとか、T-33 が置いてある。ハチロクブルーを見るのは小学生以来か。T-33 は、十数年まえはまだ入間の定期便が午後の練馬の空を低めに飛んでいたのを毎日みた気がする。

自動車が置いてある建物にはいって。

ベンツ第一号車、T型フォード、エットーレ・ブガッティ設計のベベ・プジョーとか、なんかいちいち説明するのも面倒くさいぐらい、お約束の品々がいろいろあって。

でもベベ・プジョーけっこう格好良かった。現物見たのははじめて。

ランチア・ラムダ。これもなかなかいかす。

ブガッティ・アトランティーク。これもさすがに見たのははじめてだ。こんなすごいものが、2時間車を飛ばせば見れてしまうのだからやっぱり東京はすばらしい。

フライング・フェザー。マジですげえ小さい。運転席に絶対おれ入らない。うすーいジュラルミンがのど元まできていて、コツンと追突しただけで運転席にくいこんで、ジェームス・ディーンよろしく首チョンパになりそうだ。
隣の零戦とか一式陸攻とからめて、ニッポンのこういう人命軽視の薄板設計は戦前も戦後も… とかここで一席ブツ人が年間80人はいそうだ

お約束のフェラーリのアレとかコレとかそれ。

イセッタ… ではなく、ハインケルのほう。これも初見。

シトローエン トラクシオン・アヴァンなのだが、これは 15-SIX. 6発のやつだ。これも初見。これの最終型の 1954 年型から、世界ではじめて、ハイドロ・ニューマチック・サスペンションがこっそりリアだけに実装されるのだが、これがどの年式かは見るの忘れた。

なんでこの河口湖自動車博物館を行きたいところ To Do List にいれていたのか、ここで思い出した。世界の珍車、シトローエン 2CV メハリ。
2CV っていうブリキ缶みたいなクルマは、ミニカーとかファンシーグッズとかルパン三世のアニメとかでみんな知ってるわけだが、これはその 4WD 版。
ただこれの珍車たるゆえんは、フツーの 2CV は、前に載せたエンジンで前の車輪をまわす、いわゆる FF (FWD) なのだが、その「エンジン+ギアボックス+タイヤ」コンポーネントを、そのまま後ろにもくっつけていること。
だから後ろにもエンジンがある。

おっと急坂だな、ヨンクにしなきゃ、というときは、ズボンのポケットからおもむろにもうひとつエンジンキーを取り出して、運転席のもういっこの穴に差し込んで、キュルキュルキュル、後ろのエンジンをかける。燃料タンクも前用と後用とふたつある。なんでも、平坦地を直進するのが苦手な車らしい。

DSサファリとSM. SMは、油圧がアレなのか、ステアリングに同期する例のヘッドライトが、ナンバープレートと一緒にガラスフードにおさめられながら、左右あっちこっちを向いていた。

初代フィアット・ムルティプラ。

アルファやランチアの名車たち。いいですねえ

最後に、これも現物はじめてみた。結局6台しかつくられなかったという、チゼータ V16.
ちなみにこれって、最初は作曲家・アレンジャーのジョルジオ・モロダー(YMO とか以前に打ち込みテクノポップやったり、ほらドナ・サマーの I Feel Love とかね)にガツンと出資をあおいでもらっていたので、当初の名前は「チゼータ・モロダー V16」だったんだぜ。知ってた?