むかしむかし。
小学校のころだったろうか。
お風呂にはいっていたぼくは、急にそのまま、おならをしたくなった。
普通なら、そのまま風呂に浸かったまま、ぶくぶくぶくとやってしまうのだろうが、そのときは考えがあった。洗面器をお湯にしずめ、なかの空気をすべて追い出し、それを逆さにして湯面近くで待ちうけ、あがってくるおならの泡を、ぜんぶそのなかにおさめた。
そのときは、なぜだかわからないが、非常に大量のおならを収集できた。湯面に、上下逆さになって浮かんでいる洗面器。そのなかには、ぼくのおならが閉じ込められているのだ。水中から洗面器の内部に手をのばして振ってみると、ぱちゃぱちゃとこもった音がきこえてくる。ゆびの先が、その逆さにされた洗面器のなかの「水面」から上に出ている気配だ。つまりいま、ぼくの指先は、純粋に、ぼくのおならの中にいるのだ。そう考えると、なにか非常な歓びがわいた。
その洗面器を風呂に浮かせたまま、洗い場で頭や体を洗うのはとても愉しかった。が、そのまま忘れて風呂を出てしまった。
洗面器は、なかにおならをたたえたまま、あつい湯のうえを、漂いつづけた。
続けて風呂に入った母は、風呂桶のふたを取り、そして洗面器をとりあげる音がして、そのあとぼくは優に一日は口を利いてもらえなかった。
帰宅して倅を風呂に入れていたぼくは、ふと自然の欲求を感じ、と同時にそんなことをおもいだして、手元の洗面器を同じく風呂に入れ、サンプルを保全した。
ちいさな息子は、当然大喜びである。
が、どうしても中を見たいらしい。
とーと!、みせてみせて!
彼は最初、うらがえっている洗面器を表に返して中を見たがっていた。
だがそれでは、せっかく中におさめたお父さんのおならは、洗面器から逃げていってしまう。だいたい、おならというものは無色透明だ。裏返した洗面器のなかにあってこそ、はじめておならは目で見える。どうしても見たければ、お風呂にもぐり、お湯のなかで目をあけて、水中から洗面器を見上げなければならない。
こわいー。そんなことできないよ。お水のなかで目あけられない。
じゃあ残念ながら見えないね。
そんなやりとりを繰り返しているうちに、探究心が恐怖に打ち勝ったのだろう。
げん、おゆ、もぐる。
息子は運動はそう好きなほうではなく、どっちかに分類するなら、怖がりのほうだ。
確かに水泳教室には通わせているが、それはどちらかというと、そういった点を克服してほしいからだ。
でもお前はせっかくプールに顔をつけられるようになったのだから、やってごらん。
彼はなんども失敗し、時には水を飲みかけ、半べそをかきながら、がんばった。
がんばって、ついにできた。
とーとー、あったよぉ!
というわけで、小さなお子さんをお持ちで、お子さんが
- 水泳が苦手
- こわがり
といったあたりに悩んでおいでの方は、
- 洗面器を風呂に入れて中の空気をぜんぶ出し、
- 裏返してそのなかにおならを貯め、
- お子さんにそのむね言う
といいだろう。
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